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北鎌倉:東慶寺 6月

北鎌倉:東慶寺 6月

東慶寺は北鎌倉駅で降りて、右手の鎌倉街道を歩いて数分の山側にあります。円覚寺、建長寺などと比べると小さなお寺です。
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でも、明治になる前、江戸時代までは格式高いお寺、縁切寺で、大名でも手が出せませんでした。20世住職の天秀尼(1608-1645年)は豊臣秀頼の娘、太閤秀吉の孫でした。豊臣家最後のお姫さまです。でも、豊臣の血をひく天秀尼が徳川家から特別の庇護を受けました。

その理由は、大阪夏の陣で豊臣秀頼は自害、子の国松は処刑になります。娘の天秀尼は、秀頼の正妻千姫の子供ではありませんが、千姫が養女にして、僧門に入ることで助命されました。千姫は徳川二大将軍、秀忠の娘、徳川家康の孫です。

これから血をたどって行くといろいろ知ることができます。秀頼と正妻の千姫は従妹同士です。なぜなら、千姫の母の江は淀君の妹です。天秀尼は実の子ではありませんが、血のつながりはあるわけです。淀君は織田信長の妹のお市の方の娘ですから、天秀尼は秀頼からさかのぼって浅井長政、織田家の血もひいていると言えます。

『東慶寺花だより』

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井上ひさしの小説に『東慶寺花だより』という時代小説があります。「梅の章 おせん」、「さくらの章 おぎん」などと東慶寺に咲く季節の花を背景にした、ふんわりした時代ショートミステリーです。夫から逃れ、離婚の望み、駆け込んだ女たちの、まさかの事情、思惑、人情、暖かさが描かれています。井上ひさしですから、時代考証も精査されているでしょう。勉強にもなります。今の季節は紫陽花ではなく、東慶寺菖蒲田に咲く菖蒲で「花菖蒲の章 おきん」でした。


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by mscomtec | 2015-06-19 05:59 | 鎌倉 | Comments(0)

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